ジャパニーズクラフトディスティラリーの将来を考える 後編 ジャパニーズウイスキーの基準と、クラフトディスティラリーのこれから

自説・雑記
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ジャパニーズウイスキーの日にあわせ、ジャパニーズクラフトディスティラリー(小規模蒸留所)の記事を書こうと思い立ったはいいものの、いざ実際にまとめてみると結構な時間がかかってしまいました。前編はリンクから見ていただきたいのですが、後編は持論も含まれるのでやや毛色は違うと感じるかもしれません。よろしければ最後までお付き合いください。

前半の記事は以下のリンクから。

こちらでも簡単にまとめます。

  • 1950-60年代、ジャパニーズウイスキーはブレンド用アルコールが9割ほどを占める2級ウイスキーが中心だった。
  • 70年代の自由貿易協定は、バルクウイスキーの輸入を促進させた。大手蒸留所は品質を重視するようになった。
  • 80年代に地ウイスキーブームが起こり、日本国内における需要が増した。各地方でウイスキーが製造されたが、その多くは技術的に未熟だったり、バルクを混ぜただけの業者が多くあった。
  • 80年代の度重なるウイスキーへの増税や級別制度の廃止により、大衆向けの2級ウイスキーはほぼ消滅し、焼酎にとって代わられた。ウイスキーは低迷期に入り、蒸留所は打撃を受け、地ウイスキー蒸留所は徐々に閉鎖していった。
  • コンペティションの受賞、ハイボールブーム、マッサンブームと海外からのジャパニーズウイスキーブームにより、ジャパニーズウイスキーの需要が一気に増した。
  • 2015年以降、クラフトディスティラリーが相次いで建設されており、1980年代に越す勢いである。本格的な蒸留を行っている蒸留所も多いが、一部の業者がバルクウイスキーをメインとした不透明なウイスキーを作製、輸出を行うようになった。粗悪なウイスキーも多くあり、ジャパニーズウイスキーのブランド価値が落ちる危険性が出てきた。

さて、後半は日本洋酒酒造組合が制定した「ウイスキーにおけるジャパニーズウイスキーの表示に関する基準」に触れながら、ジャパニーズクラフトディスティラリーは今後どのようなことが考えられて、飲み手の我々はどのような影響があるのかを考えていきます。

「ウイスキーにおけるジャパニーズウイスキーの表示に関する基準」について

2021年2月12日、ウイスキーにおけるジャパニーズウイスキーの表示に関する基準が制定されました。これは日本洋酒酒造組合という多くの酒造会社が参加している組合が制定する自主基準のことを指します。これの本文は以下のPDFリンクから見られますし、例によってくりりんさんが解説しているのでそれを見てもらえれば良いかと思います。

http://www.yoshu.or.jp/statistics_legal/legal/pdf/independence_06.pdf

https://whiskywarehouse.blog.jp/archives/1078585591.html

なぜ基準が必要になったか

これについては、同組合のHPに端的に書かれた文章があったのでこちらを引用します。

日本のウイスキーが世界的な評価を受ける中、外国産原酒のみを使用したウイスキーをジャパニーズウイスキーとして輸出販売する、日本の酒税法上ウイスキーとは言えないブランドが海外でウイスキーとして販売されるなどの事例が散見されるようになった。日本洋酒酒造組合はこれを問題視し、「これまで培ってきたウイスキーづくりの評価を毀損することなく、ジャパニーズウイスキーの定義を明確化し、国内外に明らかにすることによってお客様の混乱を避けるとともに、日本で独自に進化してきたウイスキーの価値を引き続き訴求することで、さらなる業界発展に繋げたい」

https://www.ssnp.co.jp/news/liquor/2021/02/2021-0217-1355-16.html#:~:text=%E3%80%88%E3%80%8C%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%91%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%80%8D%E3%81%AE%E8%A6%81%E4%BB%B6,%E5%90%8C%E3%81%98%E8%A6%81%E4%BB%B6%E3%82%92%E5%AE%9A%E3%82%81%E3%81%9F%E3%80%82

要は海外でウイスキーの基準を満たさない酒や日本で蒸留をしていない酒が日本名を入れて販売されている現実を踏まえ、組合がジャパニーズウイスキーの表示に対し自主基準を制定したという流れです。海外市場には怪しい日本語がかかれたボトルは驚くほど多く見られており、これがジャパニーズウイスキーの価値を下げうる要因となります。それらに一定の制限を加え、ジャパニーズウイスキーと表記する基準を定めたことは(これが法律でなく自主基準とはいえども)重要なことで、ジャパニーズウイスキーについて大きな前進であったことに異論はない様に思います。一方で少々引っかかる点があり、その点について掘り下げていきます。

ワーキンググループと基準の必要性

同基準のワーキンググループには、サントリーホールディングス、アサヒビール、麒麟麦酒という大手三社(アサヒはニッカウイスキーを展開しています)、及び本坊酒造とベンチャーウイスキーという、マルス・イチローズモルトという2つの小規模蒸留所が関わっております。

このワーキンググループの中で、基準があることでメリットがあるのはどこなのでしょうか。

まず大手メーカー。大手メーカーはこの基準があることは、短期的にはデメリットの方がやや多いように思います。サントリー、アサヒ、キリンのいずれもがいくつかのウイスキーを終売にし、整理したのを覚えているでしょうか。特にニッカはフロム・ザ・バレルやザ・ニッカがジャパニーズウイスキーの定義を満たさないことを明言し、Bloombergなどの主要マスコミも取り上げるほどになりました。

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2021-03-02/QORDIHT0G1KX01

ジャパニーズウイスキーがブレンド技術に優れているのは理解できます。ただこのようなジャパニーズウイスキーの定義を満たさないと堂々と報道されることは、このウイスキーを30年以上売り続けてブランディングした大手にとっては大きな痛手になります。唯一サントリーは響なども含めジャパニーズウイスキーの定義に準拠したようですが、これも生産量を考えラインナップ整理が多く行われた理由の一つになりそうです。それでもジャパニーズウイスキーの定義に準拠できるブレンデッドウイスキーを大量に出荷できるのはすごいことで、実質その余力があるのはサントリーくらいになってしまったのでしょう。

本坊酒造とベンチャーウイスキーはジャパニーズウイスキーの定義を受け入れることはデメリットになるのでしょうか。ベンチャーウイスキーはイチローズモルトとしてブランディングがかなり確立されていますし、マルスも十分なブランドを有しています。共にブレンデッドウイスキーを出荷しており、その影響はあると思いますが、後述するクラフトディスティラリーよりは短期的な影響はない様に感じます。イチローズモルトは先にWorld Blended Whiskyと表記するなど、この基準を意識したような展開を行っています。もしかすると表記変更による売り上げの影響などをテストで見ていたのかもしれませんが、そのあたりの真偽はわかりません。

そうなると、このワーキンググループにとっては損失を負いかねない基準を自ら定めたということになります。それが4年間かかった原因の一つなのでしょう。そのようなリスクを各社負いながらもこのような基準が制定されたことはとても有意義なことと思います(組合員が知ったのが2021年の2月なのは問題だと思いますが)。

おそらく、ジャパニーズウイスキーブームは過熱っぷりから、長期的に見ていつまた冬の時代がやってくるかわからないという危機感があったのでしょう。そしてジャパニーズウイスキーの価値を守るために、利益とは違う部分で活動された方もいるのだと思います。日本洋酒酒造組合がもしこの基準を作らなかったら、他のところが大手の状況を鑑みずに基準を作ってしまうかもしれない、そういう危機感もあったのかもしれません。ウイスキー文化研究所の提言やTWSCレギュレーションなどもこのあたりにもしかしたら影響しているかもしれない。まあこのあたりはすべて想像で、真偽のほどは分かりません。でも、ワーキンググループには、基準が一番必要だった人達が入っていなかったという事実はあると指摘されかねない状態にはあったでしょう。これは誰を呼ぶか、誰に意見を聞くのかが選定が難しかったり、時間がかかりすぎてしまったりしたことが原因かもしれませんが、構造上の問題が全くなかったわけではないとは感じます。

基準が一番必要だったのはどこか

ではジャパニーズウイスキーの中で、基準が一番必要だったのはどこなのでしょうか。これはクラフトディスティラリーではないでしょうか。2015年前後からの小規模蒸留所建設ラッシュ、そして2020年に3年になる原酒をリリースする段取りだった各蒸留所において、彼らのブランディングは十分とはいえません。何せウイスキーはせいぜい3年のものを出すので精一杯です。味わいのみで決めるのなら、バルクウイスキーを使ったブレンデッドの方が今は絶対的に幅が広がるというジレンマを抱えます。

国内蒸留所の勢いと出荷量

前編でもお見せしたグラフをもう一度見てみます。このグラフで記載されている、2018年でも国内の蒸留 

所は25はあり、現在年間20-30の蒸留所免許が出されています。ジャパニーズウイスキーの輸出はここ数年跳ね上がっており、ウイスキー輸出額ベースでは、2020年は清酒を抜き1位になりました。明らかに1983年の蒸留所数は超えており、輸出は統計を取り始めてから過去最大となり、2級ウイスキーが大量に出回っていた1980年代を超す勢いとなっています(そういう影響か、最近は焼酎業者もウイスキーの蒸留も始めるケースが多く出てきました)。

https://www.ssnp.co.jp/news/liquor/2021/01/2021-0128-1247-14.html

こう考えると、クラフトディスティラリーにジャパニーズウイスキーの定義がひとまずできたのは喜ばしいことかもしれません。ではこの基準、クラフトディスティラリーにとって本当に喜ばしいことなのかというと、いくつかの問題は残っています。若鶴酒造(三郎丸蒸留所)の稲垣さんがこのあたりについて詳しく述べていますが、ここでも少し紹介しようと思います。

https://www.wakatsuru.co.jp/archives/2446

ジャパニーズウイスキーの新基準による問題点と提案

ジャパニーズウイスキーの新基準を制定したは良いものの、一歩間違えればこれがジャパニーズウイスキーの終わりの始まりになってしまうかもしれません。

ブレンデッドウイスキーのジャパニーズウイスキーは、大手しかリリースできない

上記の輸出量は、どの程度が新基準のジャパニーズウイスキーの定義に当てはまるのかはわかりませんが、この輸出の多くはブレンデッドウイスキーであることは知っておかなければなりません。シングルモルトのみ飲んでいる私のような人(皆さんもそうかもしれません)は世間的にはかなり少数のようで、一般には世界の消費の8-9割はブレンデッドウイスキーと言われており、詳しいソースを持ってこれませんでしたが、シングルモルトがブレンデッドウイスキーの消費量を上回っているのは台湾くらいです。

https://www.scmp.com/magazines/style/news-trends/article/3091737/home-highball-japan-gave-us-hibiki-nikki-and-yamazaki

ご存じの通り、ブレンデッドウイスキーはモルトウイスキーとグレーンウイスキーを混ぜて作られます。モルトウイスキーの比率は一般的なブレンデッドであれば20-30%、高級レンジでも50%程度が通常の比率です。安価に美味しいブレンデッドウイスキーがリリースできるようになるのに、グレーン原酒は欠かせません。

日本よりも歴史の長いスコットランドやアイルランドでは、グレーンの供給体制が整っています。スコットランドはボトラーズによる樽交換が十分にあることから、グレーン供給体制に問題はありません。アイルランドでもティーリングがグレーン製造とボトラーズ事業を始めており、小規模蒸留所にグレーンを供給できる体制が整っています。

個人的にはアイルランドの状況は日本に近いと考えています。ブッシュミルズやミドルトン、クーリーなどの大手蒸留所がメインだったアイルランドですが、ここ数年新規のクラフトディスティラリーが一気に設立されてきました。国内でバルクも含めた原酒交換がされており、ランベイのように、蒸留所を持たずにブレンディングがメインの企業も出てきています。

日本もボトラーズ、原酒交換やグレーンの供給体制を持つべき

このように、お手本となりそうなスコットランドやアイルランドは原酒交換の体制が整ってきています。特にアイリッシュウイスキーにおけるティーリングの役割は素晴らしく、他のクラフトディスティラリーに向けてグレーン原酒を作っています。これはジョン・ティーリング氏が行ったことのようですが、彼は大学でスコッチウイスキーの繁栄とアイリッシュウイスキーの低迷を研究していたとのことで、この取り組みにはジャパニーズウイスキーのさらなる発展のヒントとなるような点があるように思うのです。

前編で述べてきたように、日本のウイスキーの歴史の多くは、一部の大手を除いてスコッチウイスキーのバルクを多く利用することが不可欠でした。ジャパニーズウイスキーのレギュレーションを守らないという選択肢もありますが、クラフトディスティラリーは十分なブランディングがあるとはいえず、また供給量も限られています。真面目に蒸留を行っているところは、ジャパニーズウイスキーというブランドが使えるべきでしょう。

グレーンウイスキーは通常のポットスチルよりもはるかに大きな設備と人手が必要で、そう簡単に実行できるものではありません。まずは原酒交換の体制から構築していくのが筋でしょう。

ボトラーズはウイスキーが売れなくなった時代の受け皿になった歴史があります。安定した製造体制の構築は、安定した出荷体制がないとなし得ません。ジャパニーズウイスキーがリリースされれば売れる今の時代からこのような体制を作っていかないと、いずれ来る時代の変化に対応しにくくなるでしょう。かつての地ウイスキー蒸留所が辿った歴史を繰り返さないようにしなければなりません。

※タイミングが被ってしまいステマ・ダイマっぽくなりかねないのですが、ここでご紹介。モルトヤマの下野孔明氏と三郎丸蒸留所の稲垣貴彦氏が、日本初のジャパニーズウイスキーのボトラーズを立ち上げました。本日第1報が入ったばかりですが、日本初のボトラーとして大変期待しております。続報を待つしかないですね。

クラフトディスティラリーが声を挙げられるような体制を

現在のワーキンググループで本坊酒造・ベンチャーウイスキーがWGに入ったことは良かった面もあるのでしょう。しかし両社ともすでにブランディングが確立された蒸留所です。おそらくこの制度を見直すことはなさそうですが、クラフトディスティラリーが声を上げられる状況を作ることは大事だと思います。クラフトディスティラリーも蒸留所ごとでだいぶ向いている方向性が異なり、今は統一出来ないのかもしれません。それでも将来を見据えると、早期からの団体の設立は今後の交渉で有利に働くように想います。

クラフトディスティラリーの立ち位置

ここまでジャパニーズクラフトディスティラリーの歴史と新しいジャパニーズウイスキーの基準について見ていき、将来必要そうなことを勝手ながらまとめていきました。

生産量が少ないクラフトディスティラリーのウイスキーは、なかなか手に入る機会も少なくなりました。ボトルも高額なものが多くなり、そもそも買えないというドリンカーも増えてきています。ウイスキーの流行には波があることは、何より歴史が教えてくれています。

1980年代の地ウイスキーブームからのウイスキーの低迷は、ジャパニーズウイスキーの文化に何をもたらしたでしょうか。軽井沢や川崎といった三楽オーシャン、メルシャンのウイスキー部門からの撤退、ニッカウイスキーはアサヒビールが吸収合併、羽生蒸留所は肥土伊知郎氏がいなければ原酒すら処分されてしまうところでした。マルスなど他の小規模蒸留所は多くが閉鎖されました。サントリーもニッカもキリンも、過去の低迷の時期の煽りから原酒不足に悩まされています。低迷の代償は、現在まで爪痕を残しています。この新興蒸留所ラッシュも、時代の波に全て飲まれてしまい、同じ歴史を辿るってしまうんでしょうか。そうなってほしくないとドリンカーが願うのであれば、我々は何をすべきなのでしょうか。

ドリンカーがすべきこと

ジャパニーズウイスキーに対する温度はドリンカーによっても大きく異なります。中には「ジャパニーズウイスキーなんてどうでもいい」と思う人もいるでしょう。「人が少ない方が良いボトルが手に入るから流行しないほうが良い」そう思う人もいるかもしれません。

でも実際のところ、住居の近くにドリンカーが多い方が良いことのほうが多いと感じます。

東京と他地域では流通するボトルの数が違います。私の住んでいる地域では、数県で2-3本しか出回らない限定ボトルが、東京では何十倍の流通量があり個人で一ケース買えてしまうこともあります。世界規模で考えても、例えばシングルモルトの消費量が多い台湾では、台湾限定のグレンリベットがスタンダードボトルとして存在します。「個人輸入で買えるから良い」と思うかもしれませんが、個人輸入でないと買えなくなってきたのが今の日本市場です。このように、地方と東京、世界の市場を比較しても、その地域のマーケットは大きいほうがメリットは多い、と私は思います。

地元でも、地元でなくても、規模に関係なく良いものを作ろうとしているクラフトディスティラリーは応援し、その声を上げること。そういうことが大事なんじゃないかと思うわけです。今回のバルクウイスキーやジャパニーズウイスキーの新定義の件も、消費者一人ひとりの小さな声が大きくなり、無視できなくなった点もあるように思います。今回私が記事を書こうと思った理由も、少しは声を上げることが大事なのかなと思ったためです。

これから多様化していくジャパニーズウイスキーの未来が楽しみで仕方ありません。いちドリンカーとして、楽しんでいきたい。そのためにはクラフトディスティラリーというジャパニーズウイスキーの新しい風土が、しっかりと日本に根づいていってほしいと思います。

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